住宅の断熱性能

住宅の断熱が益々重視されています。その背景には「健康のリスク」と「気候変動」の問題があります。快適で健康に暮らす街づくりと、待ったなしの気候変動問題。全く違うように見える二つの問題ですが、解決の鍵は住宅の断熱にあります。


1.住宅の室温と健康のリスク

WHOが指摘しました。家の中が寒いと、循環器疾患と呼吸器系疾患のリスクが高くなります。寒い家で過ごす人々と高血圧に相関性が見られます。年齢が高くなるほど、その傾向が顕著になります。


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世界保健機関WHO
「住宅と健康に関するガイドライン」より

2018年、WHOは世界の医学論文を精査し、次のように結論付けました。

「寒い室温が健康に有害だという証拠は増え続けている」
「健康上の負担のほとんどは、特に高齢者において、呼吸器系と循環器系の疾病の両方に起因する」

そして、暖かい住まいと断熱について世界各国に向けて強く勧告しました。持続可能な開発目標SDGsとして取り組むべき17の目標のうち、311の達成に寄与する勧告だとしています。

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勧告

「寒さによる健康への悪影響から居住者を守るために、室温を十分に高くすべきだ。温暖な気候もしくはそれ以上に寒冷な気候である国においては、18℃が冬における多くの人々の健康を守るための安全でバランスのとれた室温として推奨される」

「寒冷な気候ゾーンにおいては、効率的で安全な断熱材が新築住宅や既存住宅の改修時に整えられるべきだ」

WHOの考察の一部を抜粋します。

(冬の死亡者数)
□冬の死亡者数は、寒冷な気候の国よりも温暖な国でより多い。
□一つの側面として、寒冷な気候の国は断熱が施された住宅のため室内が暖かい。

(室温と血圧)
□室温と血圧との関係を評価した6つの研究のうち、寒い家で過ごす人々がより高い血圧となっていることが見いだされた。
□日本における2つの研究を含め、全ての研究において低温と高血圧に相関性が見られる。

※WHOはガイドラインの中で、健康面から冬の室温を18℃以上としていますが、建築的には最も快適な室温は夏が26℃で、冬が24℃と言われています。

日本人の死因で上位を占める循環器系の疾患(心疾患や脳血管疾患など)は、住宅の室温に大きく関係していることが分かってきました。部屋の温度差によるヒートショックは、交通事故の6倍もの危険度があると指摘されています。

イギリスでは、住宅の健康被害について早くから着目し、室温を18℃以上に保つよう、暖房費用の支援などを行ってきました。またドイツでは、低所得者向けの集合住宅を国や自治体が費用をサポートして、断熱改修を優先的に進めています。


国土交通省
「住宅の温熱環境と健康の関連」より

夏の死亡者数より冬の死亡者数が多いことは以前から指摘されていました。重要なのは、寒冷地より温暖地の方が、冬の死亡増加率が大きいという事実です。その事実を以下、国土交通省補助事業「スマートウェルネス住宅推進調査委員会」の資料が示しています。


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増加率の小さい順に見ていくと、北海道、青森県、沖縄県、新潟県、秋田県。沖縄県以外は代表的な寒冷地です。住宅の断熱化が進んでいるため、冬でも暖かく過ごしていることをうかがわせます。沖縄県は、そもそも一年を通して気温が18℃を下回る日がほとんどないためと思われます。

増加率の大きい順に見ていくと、栃木県、茨城県、山梨県、愛媛県、三重県。いずれも温暖な地域です。温暖な地域ほど寒さの備えに甘い実態が見えます。日本の住宅は徒然草の昔から、高温多湿の夏に合わせて造られてきました。その名残りでしょうか、既存住宅6,200万戸の大半が無断熱に近い状態です。


一般財団法人ベターリビング
「あたたか住まいガイド」より

冬になると、「我が家は寒い!」と感じることはありませんか?
こう問いかけた上で、「血圧が高くなるリスク」と「入浴中の事故のリスク」を指摘しています。

日本の住宅は海外に比べて断熱性能があまりよくありません。特に1980年以前に建てられた住宅は、ほぼ無断熱と言ってもいいくらいです。断熱性能が劣ると暖房費が高額になるので、寒さを我慢して過ごしている人が多いのです。

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2.住宅の断熱性能と気候変動との関連

2020年の国連総会で、気候変動とコロナ対策は待ったなし!と宣言。菅総理も、2050年までに二酸化炭素の排出量をゼロにすると宣言。ガソリン車やディーゼル車を廃止して、電気自動車に切り替えるなど、各国が積極的に気候変動対策へと動きだしました。

一般家庭にできる気候変動対策は、冷暖房を我慢することではありません。住宅の断熱性能を強化し、快適で健康的な暮らしを確保した上で、二酸化炭素の排出量を抑えることです。断熱強化の費用を冷暖房費の低減で取り戻す、身近にできるSDGsです。

日本の住宅は、断熱性能の面で、世界の主要国に大きく遅れています。現行の住宅省エネ基準も、ZEH(ゼッチ)基準でさえも、世界の主要国にはとても及びません。民間団体が提唱しているHEAT20のG2〜G3が、やっと世界と肩を並べるレベルです。

そして、2021年4月、バイデン大統領の呼びかけで行われた気候変動に関する先進国リモート会議で、日本をはじめ各国とも二酸化炭素の削減目標を大きく引き上げました。「地球温暖化対策は待ったなし」が、各国首脳の共通認識となったようです。住宅(新築・既存)の高断熱化がCO2の排出量を大きく削減します。


環境省
「気候変動対策」より

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近未来に、こんなことが起きているかもしれません。例えば50年後の天気予報。
「明日の最高気温は48℃になるでしょう。明後日は台風12号が沖縄に上陸し、風速100mの猛烈な暴風雨が予想されます。沖縄の人たちは危険ですから、不要不急の外出は控えてください」

そして、NHKニュース9でこんな報道も。
「年々激しさを増す異常気象に備え、政府は建築基準法の大改正を決めました。主な改正点は、構造強度と断熱性能に関する部分です。異常気象から人々の命を守るためです」


環境省
「気候変動対策」より

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海水が熱を蓄積

温室効果で閉じ込められた熱が、そのまま気温に反映されるわけではありません。熱は海水にも取り込まれます。海水の比熱1に対して空気の比熱は重量費で0.24と小さく、仮に今からCO2の排出量がゼロになったとしても、直ぐに気温の上昇が止まる訳ではなく、効果が出始めるまで数十年を要すると言われています。


環境省
「気候変動対策」より

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※2011年4月22日、23日に行われた気候変動に関するオンラインサミットで、菅総理は2030年のCO2削減目標を、これまでの26%から46%へと引き上げました。

『他人事から自分ごとへ』
  
断熱の話をすると、時々「CO2の削減など自分には関係ない」という意見がでます。しかし、気候変動は今起きているコロナ禍と同じで、現実の問題です。子どもや孫たち、さらにその次の世代に問題を委ねず、自分の問題として考え、行動しなければなりません。それが、これまで生きてきた私たち大人の責任です。コロナ対策と同様、気候変動対策も待ったなしです。


環境省
「気候変動対策」より

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『住宅の断熱』

新築住宅の断熱性能は徐々に向上しています。しかし、国際水準から見るとまだまだ十分とは言えません。新築住宅の断熱が重要なのは言うまでもありませんが、既存住宅の断熱対策も同じように重要です。既存住宅約6,300万戸の断熱改修が進むと、「家庭部門」におけるCO2削減目標が大きく進みます。


環境省
「部門別温室効果ガス排出量の推移」より

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1997年、京都で開かれた「第3回気候変動枠組条約締約国会議」で「京都議定書」が採択され、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減目標を1990年を基準として各国別に定めました。また2015年、パリで開かれた「第21回気候変動枠組条約締約国会議」で採択された「パリ協定」では、2020年以降の地球温暖化対策が定められました。

グラフでは2019年のCO2排出量に対して、2013年度比と2005年度比が記載され、すべての部門で削減しています。住宅の断熱に関係する家庭部門も、それぞれ23.7%と7.0%の減で、順調に削減しているように見えます。しかし油断してはいけません。京都議定書で基準年とした1990年に比べると、家庭部門は131百万トンから159百万トンへと、21.4%も増加しているのです。

パリ協定の後、日本は部門全体のCO2削減目標を2013年度比で2030年度に26%、2050年度に80%としました。家庭部門では2030年度に40%削減という他部門に比べて高い目標を掲げています。2019年度に159百万トンのCO2を2030年度に95万トンまで削減しなければなりません。住宅の設計者として責任重大です。


環境省
「家庭部門のCO2排出実態統計調査2017」
「世帯当たり年間用途別CO2排出構成比」

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資源エネルギー庁のHPより『省エネ度』

冷蔵庫:10年前と比べ約40〜47%の削減
LED電球:一般電球に比べて約86%の削減
テレビ:9年前と比べて約42%の削減
エアコン:10年前と比べて約17%の削減

上記の他に以下の家電も省エネ効果が大きいです。
エコキュート:電気温水器と比べて60〜70 %の削減
貯湯式の便座は瞬間給湯式に変えると省エネ効果に。

※過剰能力のエアコンはかえって効率が悪くなり、増エネになる可能性があります。裏付けのある熱量計算で機種を選ばなければなりません。
※断熱性能が冷暖房の費用に直結します。


3.断熱で電気代とCO2を削減

寒さを我慢するのではなく快適な室温で健康的に過ごすのがSDGsです。
世界標準の高性能断熱で空調費もCO2排出量も10分の1以下になります。


無断熱の家と高断熱の家を比較

既存住宅約6,300万戸の多くが断熱性能に劣ると言われています。特に、1980年以前に建てられた住宅は、ほとんどが無断熱と言ってもいいくらいです。無断熱の家と高断熱の家を比較検討するに当たり、木造平屋107㎡(32.7坪)の家を想定しました。

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「無断熱の家」「高断熱の家」それぞれ断熱の効果を得られる建材として以下を想定しました。隙間や通気層などがあり断熱の効果が得られないと思われる建材は除外しました。

無断熱の家
屋根:厚さ12ミリの板
外壁:厚さ20ミリの漆喰
窓 :アルミ枠、単板ガラス
床 :厚さ12ミリの板

高断熱の家
屋根:石膏ボード9.5ミリ・パワーマックス110ミリ・構造用合板12ミリ・フェノバボード60ミリ
外壁:石膏ボード12.5ミリ・パワーマックス105ミリ・EPS断熱材50ミリ
窓 :樹脂枠・複層ガラス・Low-E・アルゴンガス
基礎:防蟻パフォームガード50ミリ+50ミリ


米子市の気象条件を想定
屋外の気温:4℃
屋内の気温:24℃(国際的に最も快適と言われる冬の室温)
内外の温度差:20℃
全天日射量:7.2MJ

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比較・検討した項目
□断熱性能UA値
□断熱で失う熱量/日
 □屋根
 □外壁
 □窓・ドア
 □床・基礎
□換気で失う熱量/日
□漏気で失う熱量/日
□家電が発する熱量/日
□人体が発する熱量/日
□熱量の収支決算/日
□必要なエアコンの能力
□エアコンの消費電力量/日
□1日の電気代/日
□1日のCO2発生量/日


断熱性能等の比較表

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考察1 断熱による熱損失量が約13倍も違う
無断熱の家:574.56kWh/日
高断熱の家: 44.29kWh/日

考察2 漏気による熱損失は無視できない
無断熱の家:20.21kWh/日(C値5.0を想定)
高断熱の家: 2.02kWh/日(C値0.3を想定)

考察3 断熱と気密はセットで考える
無断熱の家:20.21kWh/日
高断熱の家: 2.02kWh/日

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無断熱住宅の相当隙間面積C値を5.0と想定。昔の家は隙間だらけなので、実際はもっと大きいと思われます。表の数値が0〜20に設定しているくらいですから。高断熱住宅のC値は当事務所の実績値0.3を想定しました。C値は計算により算出されるものではなく、現場を計測して算出されます。

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□断熱に劣る家は外皮(屋根・外壁・窓・床)が冷えて体感温度が低くなる
□体感温度は(室温+壁や床の表面温度)×1/2
□断熱と漏気により室内に大きな温度差が発生
□室内に大きな温度差が発生するとエアコンが強風運転で不快感が増す
□高断熱の家は24時間全館暖房で電気代が気にらず快適

考察4 断熱の劣る家は日射熱の取得量が大きい
無断熱の家:54.94kWh/日(8月は152.64kWh/日)
高断熱の家: 8.74kWh/日(8月は8.54kWh/日)
※無断熱住宅の日射熱取得量が冬に比べて夏が約3倍増大するのに対して、高断熱住宅の場合は冬の方が若干多い(8月8.54kWh)。その理由は、高断熱により日射熱が伝わりにくいことに加え、日射熱取得タイプと日射熱遮蔽タイプのサッシを使い分けることによる。無断熱の家は夏季の熱中症のリスクも高くなる。

考察5 家電や人体の熱まで影響する
無断熱の家では、家電や人体の熱など微々たるものでしかないが、高断熱の家で決して無視できない。

画像の説明
出典:前真之准教授のウェブマガジンより

考察6 我慢せずに実現するのがSDGs

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