広い中庭の家

ある日受けた一本の電話。相手は徳山高専土木建築学科教授・大成先生でした。「来春、定年で退官するのですよ。生まれ故郷の大分県に家を建てようと思うんだけど、ぜひ、分離発注方式でやってもらいたいんです」

中庭2

大成先生とは旧知の間柄です。ありがたいお話でしたが、やむを得ずお断りしました。何故なら、私はいつも、設計事務所を対象とした研修会で次のように指導していたからです。

「分離発注方式をけっして甘く見てはいけません。工期の短い物件と、遠方の物件はどうしても無理が生じます。お客様にご迷惑をかけることはできません。そういう案件は断る方が無難です」と。

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しかし、不思議な偶然が起こりました。大成先生から電話を受けた翌日の朝のことです。出社しようと車のエンジンをかけたまさにその時、ラジオから大成先生の声が飛び込んできました。NHKの「おはよう中国」で先生がインタビューに答えていたのです。その日、再び大成先生から電話が入りました。偶然ラジオを聴き、運命的なものを感じていた私は、大成先生の依頼を引き受けることに。

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大成先生は、当時のことをこう話されました。「山中さんは私たちの要望に対して建築費がオーバーするのではないかと心配され、私たちもいくらかの変更は仕方がないと割り切っていました。しかし見積もりを集計すると、何の変更もせずに予算内に収まり、分離発注方式の威力を見せつけられた気がしました」と。

そして、学者らしくこう分析されました。「大工さんはこの設計思想や建築手法に驚き、この家の工事で実践的に学ぶことができたと強く語っていました。他の職人さんたちも、オープンシステムの手法に共鳴して参加されたのですね。そのことを工事中に実感しました。職人さんたちの覇気がどんどん伝わってきて、徐々に私もその渦に巻き込まれていきました。よい家とは、このようにして出来上がっていくのですね」と。

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私は、この遠隔地での経験を通して、オープンシステムの新たな技術を発見しました。それは、家づくりの関係者が常に情報を共有できるメーリングリスト(ML)の活用でした。MLは関係者全員に配信されます。配信記録も残るので、従来の建築工事にありがちな「言った、言わない」の水掛け論は起きようがなくなりました。また、連絡、報告、指示などのミスを未然に防ぐ利点もありました。しかし、最大の利点は、大成先生自身の参加にありました。大成先生の参加で、工事関係者のモチベーションが上がったのです。

現場の職人が写メールでその日の工事の報告をすると、それに対して大成先生が「皆が休んでいる日曜の朝に壁を塗ってくれてありがとう」などと返信します。これで、モチベーションが上がらない職人などいません。どんな依頼主(施主)も思っているはずです。自分の家だけは絶対に失敗したくない、と。そして、良い家をつくるためであれば、自分にできることは何でもやりたい、と。

しかし、現実はほとんどの家づくりで依頼主と職人は分断されています。その原因は、元請業者と下請業者という建築業独特の多重構造にあります。元請業者が依頼主と職人が親しく接するのを嫌うのです。

遠隔地での家づくりを通して、私は確信しました。どんなに優秀な建築士でも、職人に対して依頼主ほどの影響力を持つことはできません。良い家をつくるための最大の戦力は、依頼主自身なのだ、と。